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星の冠をあなたへ 第2回

by 古蝶 茉莉花

黒いライオンは「アルマ」と名乗り、私に王冠作りを依頼してきた。

何の目的で必要なのか。私は渋々ながら王冠作りを始めた。

 私の住む街には大きな川が流れている。

 その川を境に住宅街とビルが連なる都会と分かれている。

 真っ暗な闇の中、私は住宅街側の河川敷を歩いていた。

 ここの河川敷は広い。土手沿いに舗装された道があり、その道沿いに広がる空き地と風に揺れる草はら。

 私は川の向こう側に意識を向けながら、舗装された道をゆっくり歩く。

 川の向こう側のビル群は、今日は何故だか薄暗く、姿を潜めている。

 いつもなら非常灯のの光がビル群を華やかに見せるのに。

 その刹那、私の視界の端を光が走る。私は立ち止まり 光の走った方を見た。

 暗闇にまた、一筋の光が走った。

「流れ星!」

 私は思わず声を上げた。

 それを皮切りに 赤 緑 青 白 色とりどりの光が一斉に夜空を駆け巡る。

 終わることの無い星の雨に私は釘付けになった。

「見事な流れ星だな」

 いつのまにか私の隣にアルマが立っていた。

 4本の足ですっくと立っているアルマは、いつも以上に大きく見えた。

 黒い艶やかな毛並みには、流れ星の光が反射していた。

「美しい。夜空の祭典だな」

 私は、その風雅な言い回しに少しだけ驚いた。

「星が好きなの? あ、もしかして結構なロマンチストだったり?」

 私のからかうような問いかけに、憂いを含む微笑みを見せた。

 どうしてそんなに悲しげに 微笑むの?

 そう言おうとした、その時―

 アルマの体から、まばゆい光が放たれた。

 部屋のカーテンの隙間から朝日が私の顔目掛け、一直線に射している。

 夢だったんだ。神出鬼没なあのライオンはとうとう私の夢にまで現れるようになったのか。それとも、答えを知りたいと願う私の願望や妄想の表れか。

 そんなことを考えながら、もう一度まぶたを閉じる。

 まぶたの裏を星が駆けていく 余韻 とても美しい夢

 もう一度目を開くと、私は時計を確認して慌てて起き上がり、仕事に行く支度を始めた。

 仕事中、休憩時間、人との会話時。あまり良くないことだけれど、私は今日見た夢の事を一日中考えていた。

 あの夢 雨あられと降り注ぐ流れ星 黒い毛並みに映る光

 帰る頃には、それは王冠作りの明確なイメージとなっていた。

 家に帰ってから適当に食事と風呂を済ませると私は早速、色鉛筆を紙に走らせた。

 赤 緑 青 白 色とりどりのガラス宝石。たくさんのパールを王冠の縁に。

 夢で見た流れ星が頭の中を走る。たくさんの光、闇を裂く色。

 色鉛筆を握る手は勢いに乗り、紙を何枚も連ねる。

 この前のようなバラバラなイメージ画では無い。

 一つのテーマに乗り、デザイン画は洗練され統合されていく。

 もっと華やかに もっと艶やかに

 私の技術で表現出来るかも分からないのに、勢いは止まらない。

 あの真っ黒な艶やかで美しい毛並みに相応しい王冠を作りたい

 その想いが私を衝き動かす。

 あの 美しい 毛並みに 触れたい

 私は河川敷の舗装された道に立っていた。

 相変わらずビル群に光は無い。空の光に薄く照らされ、存在は今夜も儚げだ。

 空一面には星が広がっていた。こんなにたくさんの星を、私は今まで一度だって見たことがない。

 目に焼き付けようと、一心に空を見上げ続けた。

「貴殿は…星は好きかね?」

 この前と同様、気づかない内にアルマは私の横に立っていた。

「うーん…そうね。詳しくは無いけなど。見るのは好きよ」

 煌めく星々に、魅了されない。と、言えば嘘になる。ニュースでなんたら流星群が見られると聞けば次の日、仕事があろうが朝から用事があろうがお構い無しに真夜中に空を見つめに出かけていた事がある。歳を重ねる度に夜が辛くなり、だんだんと遠のいてしまったけれど。

「アルマ。貴方はどうなの?」

「私は…私も好きだ。救われているよ」

 救い? それはあまりにも意外な言葉だった。よくよく考えてみれば、相変わらずと私はこのライオンのことをほとんど知らない。

「…何から救われたの?」

「いや。生きていると人も色々あるだろう?」

 アルマは私の質問に被せるように答えた。このライオンはあくまでも秘密主義でいたいらしい。ま、言いたくないことは仕方がない。

 私は「そうね」とだけ答え、視線を空に戻した。星は変わらず瞬いていた。

 それぞれに、違う大きさと輝き。その多様な星々に昔の人が紡いだ物語達を私は思い出していた。

「ねぇ、アルマ。あなたは星座に詳しい?」

「詳しくないことも無いが…」

 私の質問にアルマが戸惑っているように見えた。プライベートに踏み込むような質問では無いのに。不思議に思いつつも私は続けた。

「ね、じゃあ教えて? この夜空にある星座を全部!」

 私の言葉を合図に、細かい砂つぶのような星は闇に消えていった。

 残った星々から細い糸のような光の線が発しられ、互いを繋ぎ始めた。

 みるみる内にそれは、いつかプラネタリウムで見た星座図となった。

「あれがカシオペア座だ」

 北から順に星座の説話と共にアルマは教えてくれた。

 低い声で静かに語られる物語に耳を傾けながら、昔の人々の想像力豊かさと、それが永い時を超え現代でも語り継がれる神秘さは、ある意味で星以上だと感じた。

「―以上が、星座とその星々の物語だ」

 アルマがそう言うと星座は次々と闇に消えていった。

 一つだけを残して。

 説明を終えた。と、言うアルマに抵抗する様に夜空に一つ残った星座は輝き続けた。

 その存在を主張するように。

「アルマ。あの星座の説明はまだよ? あの星座は?」

 アルマは答えない。どうして? あの星座に何があるのか私には分からなかった。

 やがて答えてもらえなかった星座も諦めるように、闇にゆっくりと溶けていった。

 一筋の光も、風もない、何の音もしない、真っ暗な闇だけが残っていた。

 アルマが側に居るのかさえ分からない。

 突然訪れた孤独感に、私は泣き出しそうになった。

「アルマ…アルマ! 側にいるのよね?」

「あぁ。いるとも」

 慌てて存在を確認する私に、彼はいつもの落ち着いた口調で答えてくれた。でも、その声は何処から聞こえてくるのか。いや、何処からでも響いているようでその所在までは教えてくれなかった。

 何も見せてはくれない闇が不安を募らせる。私は自分の服の胸元をぎゅっと掴み、更に空いている手でその手を祈るように包んだ。

「アルマ…側にいるよね?」

 私はもう一度繰り返した。

 この突然の闇の中で、頼れるのは彼だけだからだ。

 だけれどその期待は裏切られた。闇に響いたのは私の声だけ。後に続くものは何もなかった。

 涙はとうとう溢れ出し、頰を滑り落ちた。

 どうしてこうなった? 状況を打破するために私は必死になって考えた。

 星座だ。星座の話をしていた。でもそれだけだ。それがどうして?

 いや、彼は星座の話をする前に少し躊躇っていた気がする。星座の話自体がタブーだったのか? でもどうして?

 何にも教えてくれないライオンに私は少し苛立ちを覚えた。なにもかも全てに踏み込む権利が無いのは勿論だけど、それでも禁忌(タブー)に触れたからって、こんな闇に放置することはないじゃない。そもそも何も教えてくれなければ、何が駄目かも分からないのに。あの躊躇いに察してくれと言うつもりなら、そんな勝手なことは無いと言いたい。

「教えてよ… もう少しぐらい、あなたのことを教えてよ! 何の情報も無しに、これは良い。とかこれはダメとか…分からないわよ!」

 私は闇に向かって叫んだ。どこにいるのか分からない彼に聞こえるように。そもそも居るのかさえ分からないけれど。

「だいたいさ、人にモノを頼むにもあなたは、私にくれる情報が少なすぎるのよ! どんな王冠を作ったら良いか…あなたが喜んでくれるか、分からないじゃない!」

 突然の光。私はあまりの眩しさに両手で目を覆った。少ししてからゆっくりと覆っていた手を開くとそこには青空が広がっていた。

 河川敷の草はらは太陽に照らされ、風に静かに揺れていた。さっきまでとは対照的なその心地の良い世界に私は呆然と立っていた。

「喜ばせたい。と、思うのかね?」

アルマは横に立っていた。

 太陽の光に照らされ、その真っ黒な体は金色に輝き、たてがみもそよぐ風に金色に波打っていた。陽の光の下で見るアルマはとても神々しく、私はさっきまでの彼に対する怒りを完全に忘れていた。

「喜ばせたい。と、思うのかね?」

答えない私に彼はもう一度繰り返した。

「それは…もちろん。依頼人には喜んで欲しいわ。私の作品でガッカリして欲しくないもの」

 その答えに彼は少しだけ寂しそうな顔を浮かべた。私はまた不味いことを言ったらしい。

 どうしてそんな顔をするの? そう聞こうとした時、辺り一面を真っ白な光が飲み込んだ。私も彼も真っ白な光で包まれ何も見えなくなった。

 朝からテレビを見るのが好きじゃない。あのガヤガヤとした喧騒が寝起きの頭には辛いからだ。

 それでも今日は好きなミュージックアーティストがゲスト出演するということで、私はテレビを点けたままに仕事へ行く準備をしていた。

 無事、目的を果たしテレビを消そうとリモコンに手を伸ばしたその時。

『今日の運勢は…』

 十二星座が一位から最下位の十二位まで順に映し出される。私の手は止まった。ある一点を見つめたまま。

「獅子座…」

 言葉がこぼれた。どうして今まで気づかなかったのだろう? 彼は、アルマは、その正体は獅子座だ。

 あの美しい星々の夢 ライオン おそらく、彼が説明を渋った最後の星座は獅子座だ。

 私は居ても立っても居られなくなり、気付いた時には会社に電話をしていた。咳き込む芝居を打ちながら。

 電車に揺られ小一時間。

 平日の昼間だというのにそれなりに人が多い。

 ネット情報ではここの図書館はなかなかに蔵書が多く、調べ物をするには最適なのだとか。

 私は館内の案内表を頼りに目的の本を探した。宇宙図鑑、星座図鑑、星座の神話などなど…子供向けコーナーにたくさん置かれていた。その内の一冊を取り出し、音韻索引からページをたどった。

【獅子座】

 春の星座の一つ。一等星のα星はレグルスと呼ばれる。β星のデネボラは春の大三角を作る星の一つで―

 概要欄の後には、獅子座の説話が書かれていた。それはアルマからは想像もつかない恐ろしい説話だった。

 だから 彼は話したがらなかったのか。

 彼の正体は分かった。それでも疑問が残る。【アルマ】この名前はどこから来たのだろう? 獅子座を形作る星の一つ、一等星の【レグルス】ならまだ分かる。この星、[獅子の心臓]だの[小さな王]だのの意味を持つらしい。彼が王冠を欲しがるのも納得の意味だ。私に製作を頼んだのは依然として謎の一つのままだけど。

 家に帰ってから私は完成したデザイン画を手に取った。

 獅子の王には相応しいデザインだと私は思うのだけど、彼はどう感じるだろうか?

 彼に見てもらえたら

 そこでふと気づく、そういえば最近家に現れないことに。

 机の上は相変わらずの散らかりようだし、彼が現れた場所には折りたたみテーブルが居座っている。とてもじゃないがこの部屋は狭すぎて無理だろう。

 だけど、小さなキッチン付きの廊下なら大丈夫なはず。通り道であるその場所は流石に片付けてある。私が見る夢はただの夢ではないのかもしれない。

 私はそんなことを考えながら机の上を占領しているビーズ資材を出来る限り端に寄せ、少しでも余白を作った。

 仮病で休んでしまった分を取り返すように仕事に励んだので、帰りに手芸店を巡るのは中々に骨が折れた。

 それでも。平日に準備を済ませておけば、週末の休みは作業に集中できる。

 しっかりとした大きな厚紙。金色の布地。

 金属加工が出来ない私は、王冠の外郭を厚手の紙で作り、その紙に金色の布を張り合わせることにした。フランス伝統のカルトナージュだ。

 外郭の内側を彩る帽子は、王冠定番の深みのある真紅色のベルベット生地。

   王冠の外郭を飾る大小様々な色のガラス宝石、半球の義パール。

   必要なものを全て買い揃えたことにより、机の余白は王冠の材料で完全に埋め尽くされた。

   休日を迎えるなり私はすぐに作業に取り掛かった。

   厚紙に王冠の外郭を清書し、慎重にカッターの刃を合わせ切り出す。

   切り出した外郭を型紙にして、金色の布になぞり描き写す。

   その布にのり代の部分を残しながら裁ちばさみで丁寧に切り取る。

 外郭の形に切り取った布の正面中央部分に、ガラス宝石を縫い付ける。

    ビーズで彩る。その左右にもガラス宝石を縫い付ける。

   それから毎晩。私は一つ一つ作業を進めていった。

   作り出してからはアルマの夢を見ることは一度も無かった。

   少し寂しかったけど、王冠を作るにあたり、知るべきことは伝えた。きっとそういうことなのだろう。本当に神出鬼没な勝手なライオンだ。

 私はもう なんとなく 分かっていた 次に会うときは きっと

 王冠が完成したとき

               続く

写真 イラスト フリー素材「AC」

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