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星の冠をあなたへ 第3回

by 古蝶 茉莉花

アルマの正体は獅子座かもしれない・・・。謎の多いライオンの事を気にしつつ、王冠のイメージを固めた私は作業に入った。

 異常気象のせいで、まだ夏の暑さが残る日々が続いていた。それでも蝉は声を潜め、代わりに河川敷の草はらからは、りんりんと鳴り響き確かに季節は変わろうとしていた。

 初めて会ったあの日のことが、もうずいぶん昔のことのように思う。

 仕事をしながらの王冠作りは思うようには進まず、最後の二度目の夢で会ったのは、蝉が自分達の存在を主張し始めた頃だった。

 ガラス宝石やらの刺繍に思った以上に手がかかり、刺繍の終わった金色の布を、外郭の形に切り取った厚紙に貼り付けたのは、つい最近のことだ。

 一番のヤマ場はどうにか越え、王冠の外郭とその中に収める真紅の帽子、それぞれのパーツを一つに組み立てるところまできたが、まだまだ完成までには時間が必要だった。

「そういえば…」

 この王冠はいつまでに完成させたら良いのだろう?

 あと二、三週間もしたら虫の大合唱のみならず、西洋の仮装祭りの日が来る。

 ずいぶんと時間をかけてしまった 。でもアルマからの催促は無い。

 全ては幻だったのか?

 そんな思いが心に影を落とす。

 そんなことは無い そんなことは 彼の存在 彼とのやりとり その全てが幻なんて

 艶やかな真っ黒い伏せたたてがみの上に、そっと私が王冠をのせる。

 鮮明にそのイメージを描き、影を払うように私は作業に集中した。

 少しでも早く完成させるために、勤め先に持って行って休憩時間は製作に励んだ。

 同僚や上司は不思議そうな顔をしていたが、咎める者はいなかった。

 西洋仮装のお祭りの日が近かったので、小道具だと思われたらしい。

意外なところで救われることがある。

 太陽の光がだいぶと穏やかになり、虫も息をひそめ静かになったころに。

 王冠はやっと出来上がった。

 テレビのワイドショーは、大きな交差点での楽しげな仮装祭りの様子を映している。

 あの交差点に、王冠をのせた立派なたてがみの真っ黒いライオンが現れたら…

「パニックになるだけね」

 私は小さく笑うとテレビをけした。

 川向こうにあるはずのビル群の姿はとうとう無くなっていた。

 真っ黒な空には、まん丸い月だけが煌々と浮かび、河川敷を夜の闇から取り出すかのように照らしていた。

 私はいつもの場所ではなく、河川敷の空き地に立っていた。

 大きく、対岸までの距離が長い川の真ん中に、川の流れに沿って出来た小さな陸がある。

 そこにアルマは立っていた。手のひらですっぽりと包めそうなほどに小さく見える。

 なんでそんなに遠い所にいるんだろう?

 私は少しでも彼の近くに行こうと川の側まで歩いた。アルマは少しも動かなかった。

「貴殿は…何故、王冠を作っているのだ?」

 予想もしていない突然の問いに私は立ち止まり、声も出なかった。

 そのままポカンと惚ける私に構うことなく、彼は続けた。

「私の正体を…貴殿は知っている」

 その言葉で、私は獅子座の説話を思い出した。

【ネメアという名の森に住むライオンはその昔、人や家畜を襲い恐怖に貶めた。

ヘルクレスがその怪力を持ってライオンを絞め殺し、人々の生活に平穏が戻った。

ネメアのライオンの魂は、神の計らいにより夜空を瞬く獅子座となった】

「確かに、私は答えに辿り着いた。だけど、それが王冠作りを止める理由にはならないわよ!」

 私は彼に届くように声を張り上げた。

 最初の出逢いを思い出す。確かに怖かった。獅子座の説話をその時はまだ知らなかったけど、目の前に猛獣がいる。 それだけで充分な恐怖だった。

 目をそらして 背を向けて 玄関に駆けだしたら

 玄関の扉を開けるより先に 食べられる自分しか思い描けなくて

 その恐怖ゆえに、最初は食べられたくなくて私は王冠作りの依頼を受けた。

 でも、そもそも彼は私を食べないとも言った。

「…そんな口約束を、信用するのかね?」

 私の心を見透かしたように彼は言った。その声はいつもより重々しく低く、こんなに月は明るいのに、彼の顔は闇に溶けたように表情が分からない。

「そう。私はネメアの暴れ獅子さ」

 彼は一歩前に踏み出した。私は思わず後ずさった。

 彼が薄く、自嘲気味に笑ったのが聞こえた。

「私が恐ろしいかね?」

 私は自分の体を抱き締めるようにして立ちすくんだ。

 表情が見えない。薄笑いの音を響かせるこのライオンが、私の知る彼では無いように感じたからだ。

「貴殿の知る“私“とは 何だね?」

 ライオンは静かに尋ねた。

 私はもう、答えられなかった。

 息を吸って 吐く 吸って 吐く それだけで精一杯だった。

 久しぶりに会えたのに。視界が滲む。

 調べてはいけなかったのか。知ってはいけなかったのか。でも、それならどうして

「あの…二度の夢は…正体を知らせるためのヒントではなかったの?」

 私の絞り出した言葉に、ライオンは歩みを止めた。

「…全てを教えるつもりはなかった。王冠作りのヒントになれば良いと思ったのだ」

 深いため息が、私に夢を見せたことを後悔していることを示していた。

「現に貴殿は、私を恐れている。恐ろしいライオンだと思っているのだろう?」

「それは…」

 確かに。私は恐れた。怖いと思ってしまった。信じきれなかった。でもそれは

「あなたも同じ。私を信じられなかったから。何も教えてはくれなかったのでしょう?」

 私は真っ直ぐに彼を見た。

「アルマ…私が王冠作りを辞めなかったのは、食べられたくないからじゃなくて、あなたに私の作った王冠をかぶって欲しいからよ」

 相変わらず彼の顔は闇に染まっていて、なんの表情も読み取れなかった。それでも私は続けた。

「陽の光の下で立つあなたは、それこそ夢のように神々しく美しかったわ。獅子座のレグルス。獅子の心臓・王の意味を持つこの星は、あなたのことを指しているんだと私は思ったよ。」

 返事はない。

「アルマ。私の何が知りたい? 私の何を教えたら信用してくれる?」

「人は信用に値しない。何故ならば相容れぬからだ。だから私は殺されたのだ」

 やっと返ってきた言葉はあまりに素っ気なく、辛辣なもので私の心は鉛を入れられたかのように重くなった気がした。

「決めつけないで欲しい」

「だが貴殿は現に私を恐れた。アルゴリスの民のように」

 堂々巡りだ。

 何かに弾かれたように、私は川へ踏み出した。進むたび少しずつ川は深くなる。

 ざぶざぶと無理矢理に歩いた。波は私の膝を濡らした。

「なんなのよ… 自分のことは教えないわ。私のことを知ろうともしないで…挙句に勝手に拗ねて私に何を望んでいるのよ!?」

 体は熱く、川は私を冷ましてくれそうにない。私は更に波を蹴り進もうとした。

 柔らかくなり過ぎた川底に足を取られ、私はそのままつんのめるように膝を折り座り込んでしまった。

 波が顔の近くにある。 それさえも腹ただしくて、私は癇癪を起こした小さな子供のように暴れた。

 腕を振り上げ、波を叩きつける。大きな波紋がアルマの足元にまで響く。

「この際あなたの過去はどうでも良い。今よ! 今はどうなの? 私は…私にはそんな恐ろしいライオンには見えない 」

 息が上がる。視界が歪んでいく。

「もう、秘密主義はたくさんよ! あなたのことを教えて! 私の話を聞いて! 決めつけないで!」

 全てを吐き出し切り、私は俯いた。川に小さな波紋がいくつも浮かぶ。

 いくつも、いくつも。波紋は重なり合い、やがて小さな波になり広がっていった。

 悲しい小さな波をかき消すように、大きな波が流れてきた。

 アルマが目の前に立っていた。波は彼が起こした波紋だった。

 彼が立っている場所は、私がいるところより深いらしく、彼の顔は座り込んだ私と同じ高さにあった。

 初めて真正面から顔を見た。

 私の顔の二周り以上はある、とても大きな顔。

 月明かりに照らされ、目はキラキラと輝いていた。

 大きな口が、ゆっくりと開く。

 暴れ倒した私は、もう怖いとも思わなかった。

「すまなかった」

 アルマは顔を私の右頬に寄せた。とても暖かい。

 彼の立派なたてがみが私の顔を包む。とても柔らかい。

 私は彼の顔を抱き寄せようと、腕を回した。

「ありがとう…」

 アルマが微かな声で私に囁いた。

 どれぐらいの時間、そうしていたか分からない。

 静かな風が、アルマのたてがみを揺らす。それを合図に私はそっと腕を離した。

 真っ直ぐと彼の目を見る。

 美しい。月と同じ金色の瞳だった。

「アルマ…王冠が出来たよ」

 今度は私がそう囁き、彼は満足そうに目を細めた。

 アルマを照らす月が、段々と大きくなっていく。

 川の水面が、金色に染まってゆく。

 光に照らされ、風に踊っていた緑の草はらも、金色に染まっていく。

 河川敷は、照らされるその全ては

 アルマの瞳と同じ色に染まっていった。

 部屋に白い光が射し込み、私は天井に放射線状に広がるその光を見ていた。

 アルマは結局、具体的なことは何も言ってはくれず、私は子供のように暴れただけだ。

「ま。アルマも子供みたいに拗ねていたし、お互い様よね」

 ぽつりと呟く。ふぅっと小さく息を吐くと、私は起き上がった。

 一日の始まりを告げる光は、月明かりの何倍も眩しかった。

 勤め先はまた以前の忙しさに戻りつつあり、王冠の製作が終わった私もまた、以前の日常に帰っていた。

 あの金色の夢から、二週間が過ぎようとしている。

 いつ来ても良いように部屋を片付けて待ったが、アルマからは何もない。

 何度か夜に河川敷に行ってみたりもしたが、当然というか、やはりというか。

 川向こうのビル群は光を放ち存在を主張し、見える星はほとんどなく、彼は現れることは無かった。もう、私に出来ることは何も無かった。

「もう月半ばだね〜 あとひと月半もしたら 今年も終わりかー」

 そう言いながら、パートさんは手作りのお弁当を広げた。

 あっという間ですね と軽い相槌を同僚達がそれぞれにする。

 私もそれに適当に同調しながら、買ってきたパンを口に運んだ。

『今年のしし座流星群は』

 食堂の隅にあるテレビはお昼のニュースを流している。

『十八日未明頃の観測条件が』

 ゲストの天文学者らしい人が、獅子座流星群のよく見える日と時間を説明している。

 あのライオンはとうとう私に教えることを放棄したらしい。察してちゃんが酷すぎる。

 私は確信した。獅子座のアルマの戴冠式はこの日に違いない。

 罪もないテレビの向こうの天文学者を、八つ当たり気味に睨みつけながら私はパンの最後のひとかけらを口に放り込んだ。

               続く

写真 イラスト フリー素材「AC」

一部写真 紅鴉丸

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